能楽師・桑田貴志 深川能舞台WEBサイト

公演レポート

シンガポール Practice Performing Arts School


期間:平成18年1月~3月

2004年に続き、主任講師の観世喜正師をサポートして、1月から3月までシンガポールを再び訪れました。2年前の学生は本当に熱心でした。能が大変、面白いようで今回、私が最初に学校に行った時もすぐに囲まれて能の思い出話に花を咲かせました。学校で習った様々なアジアの伝統芸能の中で能がいちばん、面白かったと口々に言ってくれます。私は大変、良い気分になって稽古の初日を迎えました。今回の学生はシンガポール・インド・マレーシア・香港・メキシコから7人。期待して対面したのですが見事に裏切られてしまいました。みんな、モチベーションが低い。一応、稽古は真面目に取り組むのですが、「能って何?なんで、こんなもの稽古しなくちゃならないの?」という雰囲気・・・前回の学生とのギャップに戸惑いました。そんな中、始まった稽古。能とは何かを分からせることから始まりました。ところが稽古を進めてゆくにつれて徐々に変わっていきました。怒った女の子に「まるで般若みたいだ」と言っては数珠を擦る真似を始めるなど、明らかに能に興味を持ち出しています。そうなると元々、取り得の良い彼らです。見る見るうちに上達してきました。2月の中頃になると合間を見つけては質問してくるようになり、能のことに留まらず、日本の文化や風習、アニメや映画のことなど色々な事を話しました。3月初旬に2ヶ月ぶりに学校に行った喜正師は、その変わり様に驚いたそうです。当初、今回の学生は7人と少ないので発表会では「鶴亀」などの人数物を略式で演じることを考えていましたが、何をやらせても、すぐに出来てしまう彼らを見て方針を変えました。前回、好評だったオムニバス能をやろう!ただ、そうなると地謡メンバーが足りません。そこで2年前の学生が3年生として学校に残っているので彼らに打診してみました。3年生は大きな公演を終えて全員オフ、それぞれが所属劇団などで個人活動をしている時期です。地謡のみの参加とあって、どれだけ集まってくれるのか 不安でしたが全員参加の上「また能の稽古が出来て嬉しい!」と喜んでくれました。もう半分、プロとして映画や舞台に出ている彼らが能のクラスに戻ってきてくれ、こんなに嬉しいことはありません。彼らが合流して一気に賑やかになったクラスは盛り上がり、発表会は素晴らしいものとなりました。
発表会の後、一人のインド系シンガポール人は私達に涙を浮かべて、「能を稽古して人生が変わった」と言ってきました。彼は役者の夢が捨て切れずシンガポール航空を辞めて、この学校に入学してきました。ただ、あまり取り得が良いとは言えず、どの先生にも怒られてばかり、仲間にも笑われっぱなし。学校も辞めるつもりだったようです。能のクラスでも覚えが悪く、私達を悩ませたのですが、確実に進歩していき、発表会では堂々と舞っていました。彼には大変、自信になり今後 も役者になる夢を追い求めるそうです。
次は2年 後です。今年の1年生は、まだ在学中。早くも2年後の能のクラスに合流することを楽しみにしています。今回の滞在中に2年前・4年前の学生もクラスを度々、訪れてくれました。アジアの役者達と能を通じた交流がずっと続いています。彼らの姿を見ていると同じ舞台に立つ者として刺激になります。「能」って、素晴らしいと、しみじみと感じた3ヶ月でした。

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