能楽師・桑田貴志 深川能舞台WEBサイト

公演レポート

「道成寺」回顧録 1

「道成寺」とは能楽師の卒業試験と言われ、「道成寺」を演じて初めて、一人前の能楽師と呼ばれます。能楽師を志した者は、誰もが「道成寺」を演じることを目標に修業を積みます。
誰もが通らなければならない登竜門ではありますが普通、「道成寺」は一生のうちに一度しか勤めません。二度演じる者は少なく、三度以上演じる人はそれなりの立場の能楽師に限られます。
私にとって一世一代の大舞台は、幸運なことに所属しております、観世九皐会100周年記念特別公演という百年に一度の慶事の年に巡り合わせ、無事に勤め終えました。

全身全霊をかけて臨んだ「道成寺」の、当日を振り返ってみたいと思います。
装束付けは、ギリギリでした。 何せもう一番の能は「摂待」という人数物です。楽屋には私しかおりません。一人で粛々と装束の準備を行い、「摂待」が終わるや否や、鐘の中の仕込みを行って、慌しく装束を着けていただきました。 囃子方がお調べをしている時、まだ装束を着けていました。さすがに少し焦りましたが、開演してからシテの出まで随分時間があるので、その間にすっかり気持は落ち着きました。 あまり早くから装束着けてスタンバイしていたら、かえっていろいろ考えて硬くなっていたかもしれません。

いよいよ、シテの幕が開きました。 申合で、橋掛かりの歩みが遅いと言われていたので、こころもちスラスラ運ぶ予定だったのですが、何故だか足が前に出て行きません。 何だか、自分であって自分でないような不思議な感覚でした。 後で聞くと、橋掛かりの歩みはゆっくりだったけど、囃子や雰囲気に合ったとても良い風情だったそうです。 足が前に出ていかないのは、緊張のせいかと思っていましたが、今になって考えると、何か大きな力に運んでもらったような感覚です。

次第・道行と、舞台は進んでいきます。 物着で烏帽子をつける時、申合の時はもうこの時点でクタクタでした。 それから思うと、力がみなぎって充実しているのが感じられます。 「よし、これからノンストップだ」

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