能楽師・桑田貴志 深川能舞台WEBサイト

公演レポート

「道成寺」回顧録4

想像以上の暗闇で、一人で装束を替えます。一つ一つ慎重に行いました。「道成寺」の中入は二十分近くあります。申合では七分位で装束を変えることが出来ていましたので、けっこう余裕をもって臨みました。やはり、一つ一つがどうしても申合より時間がかかります。けっこうギリギリだったのに驚きました。申合の倍以上、時間がかかったようです。

後場は、体力の限界との戦いです。ここでは、がぜん普段の稽古がモノを言ったように感じました。疲労困憊の中、けっこう余裕があったように記憶しています。最後、揚幕に飛び込んで、終演後能面を外して我に返りました。

「え、終わったんだよね」なんだか夢見心地でした。後見の方と、師匠が近づいて来ます。精も根も尽き、消え入りそうな小声であいさつしました「有難うございました」「良かったよ。おめでとう」師匠からそう言われて、思わず涙が出てきました。本当に、終わったのです。

乱拍子で辛くて、苦しくて・・・「道成寺」なんて二度とやるもんかと、思いました。でも今は、機会があればまた挑戦したいなあと思えます。

当日、いよいよ幕が開いて「道成寺」の能が始まる直前、こう思いました。「もう、道成寺はしなくてすむんだあ」あの苦しい稽古の日々から解放されることを思うと、ホッとしている自分がいました。 でも、今はこう思います 「もう、道成寺の稽古は出来ないのか・・・」 「道成寺は、能楽師の卒業試験」と良く言われます。 もう、卒業したのかなあ。

そう言えば、今の気持ちって、大学の卒業式の後の気持ちに似ています。実生活では、学校を卒業して社会に出てからが大事であると言われます。学生時代のような甘えは許されず、自分で全て責任を持って人生を切り開いて行かなければなりません。能楽修業も同じです。これからが本当の勝負です。 打ち上げの席で、師匠からこう言われました。「取りあえず、おめでとう。でも、これからが大切だよ。だいたい、『道成寺』を終えると芸が下がるから」この言葉を胸に刻んで、これからの能楽修業に励みます。一番一番の能を大事に思い、心を込めて勤めたいと思います

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